獣神官vs古代竜(子)=黄金竜争奪戦

天気快晴。風は柔らかく。
骨董屋兼自宅の裏側で洗濯物を干すフィリアの横にはフォレストグリーンの小さな姿がある。
その姿は人間でいう幼年くらいの外見、身長は彼女の膝丈程。
目はやや鋭いが、面持ちは背丈に似合うあどけなさを携えている。
左右忙しなくチマチマと動くその姿は、どうにかしてフィリアの手伝いをしようと必死だ。

 「ヴァル、次はそっちのやつを取ってくれますか?」
 「おう!」

洗濯物が入っている篭を柔和に指差しながらフィリアが言った。
ヴァルと呼ばれた子供は片手拳を上げて嬉しそうに応え、フィリアはその可愛いらしい仕草の彼に目尻を下げる。
転生を果たしたヴァルガーヴと暮らし始めて幾年が経っただろうか。
手にすっぽりと収まってしまうくらいに小さかった命は、もう自身の翼で空を駆けるくらいに成長していた。
人型へ変化をしている今でも、その自慢の黒翼が隠し切れていないのはご愛敬。
古代竜が元より兼ね備えているパワーと類稀なる魔術の才に溢れながらも、ヴァルガーヴが変化の術を苦手とするのは、育ての親であるフィリア譲りなのだ。
ヴァルガーヴもヴァルガーヴで彼女との小さなお揃いを気に入っているのだから、今後も苦手を克服する予定はないのだろう。

 「これだな!ふぃりあ」
 「はい、ご苦労様」

フィリアはヴァルカーヴから白い衣服を受け取りながら言った。
次の指示を待つようにして下から見上げている彼に向けて、続けて口を開く。

 「これが終わったらおやつにしましょうか」

菓子を示すキーワードを耳にしたヴァルガーヴの瞳が輝いて、パチパチと瞬きを繰り返した。

 「くっきーか!?」
 「うーん、そうですね…」
 「けーきか!?」
 「今日はお手伝いを沢山してくれたので───」
 「!!」

より一層、期待に膨らむヴァルガーヴの顔を見たフィリアがクスクスと笑う。
無意識にこちらまで嬉しくさせてくれる、そんな力を持つ愛くるしさ。
幸せの瞬間をフィリアは確かに感じていた。

 「─── ご褒美に両方」
 「ぜんぶたべてもいいのか!?」
 「もちろん。先に部屋へ戻って準備をしておいてくれますか?」
 「わかった!」
 「手洗いを忘れないように」
 「わかってるって」

弾む足取りで家へ戻る背中を微笑みで一瞥したフィリアは、そっと頭上の碧空を見上げた。
ゆったりとした風が鮮やかな長髪を流れで遊ぶ。顔を合わせた太陽光も淡く大地に降り注いでいた。
平和で、穏やかな日々。
フィリアはふ…と吐息を抜き、粛として両手を合わせてから、誰にとも分からない千尋の感謝を思った。
それはそれは強く。
古代竜を滅ぼす引き金を引いた黄金竜が、本当に自分が、ヴァルガーヴを預かり育てる事が許さるのかと悩む時もあった胸の奥。
だが。
そんな不安を抱くフィリアを澄ますかのようにして、ヴァルガーヴは毎日を笑顔で生きていた。
彼との暮らしから零れ出る感情の一切が明るく繋がっていたものだから、世界の優しさには敵わない。
多少ワンパク過ぎる所もあるが、逞しく成長していく彼の姿を見ては全てに感謝し、破顔する事がフィリアの日課の一つとなっている。

 「うわっ。またきたのかオカッパまぞく!」
 「…ヴァル?」
 「きょうはオレがふぃりあとあそぶやくそくだ、それいじょうちかよるな!」

ラスト一枚の洗濯物を干し終えた時、後ろの方からヴァルガーヴの大きな声が飛んだ。
ひょっこりと存在を示した紫藍の影はヴァルガーヴの抗議妨害をあっさり擦り抜けて、フィリアの前に足を運ぶ。
また一人、彼女の至福を結晶するに欠かせない存在が現れた。

 「ゼロス。今日は早いんですね」
 「ええ。抱えていた仕事が一段落しましたから」

フィリアは忘れない。
それは、ダークスターの脅威も去った直後の僅かな時間の折の事。
魔族は転生したヴァルガーヴを再び狙うのか、と懸念を問う自分に向かって。
全てを見届けていたはずの彼はこう答えた。
すでに任務遂行と報告してしまった。後の事は知らないし、任を解かれた今に敢えて ”それ以上”を報告しようとは思わない。
悪戯な笑みを浮かべて告げられたのは、なんて遠回しな──・・・

 「だからよるなっていってるだろ、ばかなまごみ!」

猛ダッシュで再びフィリアの元に馳せ参じたヴァルガーヴは、勢いを殺す事なくゼロスの背後から蹴りを仕掛けるが、簡単にかわされてしまった。
全力で仕掛けた攻撃にブレーキが利くはずもなく、ヴァルガーヴはそのまま木に突っ込む。
ドゴン、と鈍い音。

 「よけるなぁぁぁああー!!」
 「フィリアさん、そこにいる大変ドやかましいお子様のお世話は置いておいて僕とデートでもしませんか」
 「むしすんな!ふぃりあのことはオレがいちばんすきなんだからな!」
 「……ほぅ」
 「とうぜんふぃりあもオレがいちばんだ!」

すぐさま起き上がったヴァルガーヴは懲りずに、次は真正面から拳を繰り出した。
身体のバネを最大限に利用し、遠慮なく顔面に飛んでるその打撃を、ゼロスは含み笑いを残しながら掌で受け止める。
攻撃の余韻で木々がざわめく程の全力具合であるが、慣れ切っているフィリアからしたら可愛いものである。
他人から見れば命の取り合いかと見紛うばかりの攻防だろうが、別段慌てたりはしない。

 「今のは聞き捨てならないですねぇ。ヴァルガーヴさん、この前も僕に小指一本で負けた事をお忘れですか?そんな子供がフィリアさんに対する愛を語るなど、千年早い」
 「すこしつよいからっていいきになるなよ!オレがほんきをださせばおまえなんかよゆうでたおせるっ」
 「それはそれは恐ろしい事で。なら試してみますか?」
 「こうかいするなよ」

ほらまた始まった、とフィリアははにかんだ。
家を訪ねて来たゼロスに対してヴァルが挑むという、もう一つの日課。
本来ならば年長であるゼロスが受け流す立場にいるはずであるが、そうではなかったりするのだから、表情の一つ綻んでも当然だろう。
この世で十指に入る強さを秘める獣神官は、幼い彼に対し、実はそれなりの対抗心を燃やしていたりする。
これでは、どちらが子供なのか分かったものではない。
出会った時に遊びで第一ラウンド、そして次に行われるのが本気を代名詞とした第二ラウンドだ。

 「ヴァルー、頑張って下さいねー」

フィリアは二人の後ろにある切り株に腰を据えて、いつも通りに開催された幸せな喧騒を見守る事とする。
ヴァルは何だかんだでゼロスとの対戦を楽しみにしているし、ゼロスも結局は手加減をしてくれる。
それでもわざと負けたりしないのは、彼らしいというか、魔族のプライドというか。

 「ヴァルの力でゼロスなんかやっつけちゃって下さい」
 「とうぜんだ!きょうはオレがふぃりあとベッドであそぶんだからな!」
 「!?」
 「へんたいエロまぞくなんかにまけるかっ。ふぃりあのはだかをみていいのはオレだけだ!!」

声援を送ったフィリアの笑顔は、ヴァルガーヴから返ってきた予想外の言葉に硬直した。
今ヴァルは何を……?
いつもとは色違いも甚だしい喧嘩言葉が混じっていたような。
彼と真正面から向き合っているゼロスが何故か急に謎のオーラを発し初めているのだが、フィリアの心境はそれの比ではなかった。

 「しってるぞ。おとなは はだかで だきあってあそぶんだろ?」
 「ヴ、ヴァル!?誰にそんな事を…!?」
 「あ。それは僕です」
 「ゼロスッ?!」
 「昨日、フィリアさんが席を外している時に口が滑ってしまいまして。ついでだったので自慢を」
 「なな何を話したんですか!?」
 「それはもう、僕がいかにフィリアさんを愛しているかを濃厚に」
 「??!?!?」
 「勝った方がフィリアさんと ”ベッドの上で” 遊べる訳ですね。今日ばかりは……さすがの僕も真剣勝負として望まなければならないようです」
 「おまえがいつもふぃりあをなかせてるんだ、だからオレはふぃりあをたすける!」
 「泣かせてませんよ。ある意味で鳴かせてはいますけどね」

意味を知るからこそ羞恥を極めるフィリアをよそに、ゼロスとヴァルガーヴは臨戦態勢に入った。
互いに発している訳の判らない力が空気を揺らしている。

 「ヴァルガーヴさん、今から僕は貴方の敵です」
 「さいしょからおまえはてきだぁー!!」
 「ゼロスー!!」

開戦の狼煙が上がったその瞬間。
先手に出たヴァルガーヴの攻撃ではなく、フィリアのモーニングスターがゼロスを完璧に捕らえたのだった。




 「酷いですよ…フィリアさん」
 「オレのかちだな!」
 「いーえ。僕はフィリアさんの攻撃にやられた訳であって、ヴァルガーヴさんにじゃありません」

やや遠くへ強制的に送られたゼロスが戻ってきた途端、第三ラウンドは開始された。
フィリアは盛大に頭を抱える。
ヴァルはまだ良い、正真正銘の子供なのだし可愛いし。しかしこの大きな子供の方はどうしようか、ヴァルに妙な言葉を教えた罰として、もう一発、いや懲りるまでモーニングスターによる空の旅をしてもらうのも…

 「ふぃりあ!」
 「え?」
 「フィリアさんに決めて貰う事になりました」
 「…何を?」
 「僕とヴァルガーヴさん、どちらがフィリアさんに相応しいか」
 「へ?」
 「オレだけどな」
 「僕に決まってますが」
 「ざんねんだったな。オレはふぃりあと あさからばんまでいっしょにいるんだぞ」
 「これだから子供は思慮が浅い。僕はフィリアさんの奥の奥まで知り尽くしています」
 「なんだとっ」
 「ゼロスもヴァルも…そんなどうでもいい話はそろそろ終わ」
 「よくない!」
 「そうですね。ここは男として決着を付けなければなりません」

フィリアは長い溜息を落としてから、吐き出したよりも倍の量の空気を吸い込んだ。
ああ、もう。
全くこの二人は。

 「二人ともいい加減にしなさぁぁぁあああーい!!!」
 「うぁわああー!」
 「フィリアさん落ち着……?」

フィリアは二人を荒く抱きしめて、どうしてうちにはこんな掛け値なしの子供しかいないのだろうと思った。
毎日、毎日、こんなにも愛されている自分はとても幸せなのだろうと。

 「ゼロスもヴァルも!!」

大好き。

 「…ッ!」
 「……っ!!」

どちらが、なんて本当にどうでもいいのだと伝われば良い。
どちらも、世界で一番 ─── そんな有り触れた言葉でさえ胸を張って言える。
何の臆面もなく二人の愛情表気を受け入れる反面、私も負けないくらいに貴方達を愛しているのだから。























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