スタートライン、三歩手前地点

ダークスター最後の武器を求めて旅を続けるリナ達。
それらしい噂を聞きつけ、この街に足を向けたのは良かったのだが…

 「広くない?」

街に入る寸前、案内地図を見たリナが驚き加減で言った。
記されている土地面積は他の街の領土よりも明らかに大きく、ゆうに三倍はありそうだ。
尺度の違いかと思い確かめてみるが、当然ながらそんな事は無かった。
広大にして入り組んでいるであろうその地図に、パーティ全員が既に先を見越して疲れた雰囲気を醸し出している。

 「なんでも最近、隣国と合併したらしいですよ。この地域では最大規模だそうで」

呆気に取られているメンバーに向かって、ゼロスが言う。

 「ゼロス…またガイドブックの情報かなにか?」
 「えぇ。しかも最新版です、リナさんも是非」
 「はぁ〜毎度毎度、一体何処で仕入れてくるんだか」
 「何にせよ、情報収集は分担してやる必要がありそうですね」


**************


 「で……やっぱりこういう振り分けなるんですね」

グループ分けをした直後、ゼロスは溜め息混じりに言葉を漏らした。
リナが決めたグループ分けは、”リナとガウリイ・アメリアとゼルガディス・フィリアとゼロス”

 「何よ、不満なの?ゼロス」
 「はぁ。予想通りとは言えども…やはり僕とフィリアさんなんですね」
 「それよ!!」

微妙な不満を訴えるゼロスに対し、リナはビシッ、と彼を指差し勢い良く音を張る。

 「あんた達、もう少し仲良くなりなさい。この旅は最早、神とか魔族とか言ってる場合じゃ無いのよ!」
 「そ、それはそうですけど。ねぇ?フィリアさん」

逃げる様にゼロスは視線をフィリアに流した。
端目でフィリアを捕らえながら、彼は平行して違和感を覚えていた。
いつもならこういった場面で真っ先に抗議をするのは彼女の方ではなかっただろうか。
怒涛の大音声と激しい身振りで、魔族である自分との行動を極力回避しようとリナに訴えていそうなものだ。
語尾には大量のビックリマークをつけながら、顔を赤くして、必死に現状を打破出来ないかと焦っている姿が思い浮かぶ。
だが今の彼女は心底嫌そうにこちらを見てはいるものの、特別なアクションを起こしていない。

 「私も当然ゼロスと行動なんてしたくありません」

問いかけられてからようやく呟いた否定の台詞も何処か弱いものの様に感じられる。
さてさて一体どうしてしまったのか。
これでは、からかいがいも半減というもの。
馬鹿みたいに騒ぐ彼女で遊んでこそ楽しいものなのに。
逆にこっちの調子が狂いそうな気さえしたゼロスは改めてフィリアに焦点を合わせた。
さり気なく開眼させた瞳で気配を探れば、彼は彼女に対し更なる違和感を感じ取った。
いつもの嫌悪とは違う、何か別の負の感情がフィリアの体内より溢れている。
見た目にこそ現れていないものの、別の、確実な何かが。
そして、次の瞬間には自身の鋭い感覚が彼女の些細な不思議の正体を暴き出していた。
ゼロスの口元が怪しく笑む。
そういう事か、と。

 「いい?フィリアも嫌な気持ちは分かるけど。”一応”ゼロスだって仲間なんだから、これを機に親睦を深めなさい。例え彼が魔族でも、後ろ姿がゴキブリ似で気持ちが悪くても、粗大ゴミでも燃えないゴミでも!」
 「あのー、僕としてもそこまで言われ…」
 「と・に・か・く。時間に余裕は無いんだし出発するわよ。また夜に宿へ集合!以上!」

リナの声を合図にアメリアとゼルガディスのコンビが出発し、やや遅れてリナとガウリイ達もその場を離れた。
各々の背中を見送った頃、フィリアとゼロスが渋々顔を合わせた。

 「魔族と組むのは大変不本意ですが、この際仕方ありません」

私達も出発しましょうか。
告げて、一歩踏み出したフィリアの手首を何の予告も無くゼロスが掴んだ。

 「…な!」

突然の事に驚愕といった表情でフィリアはゼロスを見る。
対するゼロスはあからさまな嘆息を零しつつ、その手を離した。

 「情報収集には僕一人で行って来ますから、貴方は宿へ」
 「っ…!何故です」
 「体調が優れないのでしょう?ハッキリ言って足手纏いになるだけです」
 「別に」
 「意地を張る場面ではありませんよ。旅は長いのですから、本格的に崩れる前に休んでいた方が得策かと」

尚も食い下がろうとしているフィリアの肩に手を添えて、ゼロスはお得意の空間移動を発動させた。
あっと言う間に場所は宿泊予定先の宿屋へ移る。

 「ゼロス!」

触れた布越しから伝わった彼女の体温は高く、熱がある事を証明している。
呆れた根性だ、身体は相当辛いはずだろうにとゼロスは顔を変えずに微笑んだ。

 「とにかく、僕は行きます」

今、無理をして後から全員に迷惑を掛けるか。今、休みを取って万全の体調で後を過ごすか。決めるのはフィリアさん次第ですよ。
姿を消しつつ、ゼロスはそんな言葉を残して行った。
しばらく立ち尽くしていたフィリアだったが、彼の言う事も確かだと思い素直に甘える選択を取る。
暖かい布団に包まると、熱からくる眠気に誘われながらフィリアは悔しさを噛み締めた。
リナ達にバレるのならまだしも、最悪にして最低の相手に見抜かれてしまった。
何だかんだで、結局彼にはいつも助けられているのではないだろうか。

悔しい、情けない、恥、……けれど…ほんの少し、嬉しい?
先程掴まれた手首が、余計に熱い様な気が。

 「!」

フィリアは不意に至った自分の考えに驚き、布団を頭まで被る。
確実に早まった心臓を熱のせいにし、急ぎ誤魔化す様に意識を眠りへと投げたのだった。


**************


情報収集を始めて数時間、濃紺に染まった空が世界を覆う。
そろそろ集合頃だろうかとゼロスは今日の情報捜索を打ち切った。
やはり伝説の類の話が手軽に転がっているはずも無く、目ぼしい情報は微塵も得られずに終わった。
これも仕方の無い事。
他のメンバーが何か糸口を発見してくれればと願いつつ宿へ戻ると、集合場所である一階食堂にはまだ誰も居ない様子。
意外に戻るのが早かったのかと若干反省するが、もう一度街中へ繰り出してしまえば擦れ違いになる可能性が高いと考慮したゼロスは、他のメンバーが集まるまでの時間潰しにフィリアの部屋へと向かった。

いとも容易く不法侵入を果たしたゼロスの目に、やや息が苦しそうに眠るフィリアの姿が映る。
辛そうではあるが、身体から流れ出ていた負の感情も薄まっている事から、確かに回復へと向かっている様だ。

 「……」

どうせならば完全に治ってしまう前に、彼女の負の感情を頂いてしまおうかと思い立ったゼロス。
静かに魔力を開き、刹那の瞬間でそれを奪った。
だがしかし、想定外の味気の無さに眉を顰めてしまう。
単純に言って、不味い。
負の感情を糧にして生きている自分にとって、これを不味いと感じる事なんて今まで無かったのに。
もう一度試してみたが、結果は変わらず仕舞いで心底不思議に思う。
他の神々のものも幾度となく吸収した経験もあるのだが、その時には格別の味を楽しめていた記憶がある。
単なる相性の問題なのか、それとも何か別の。
何か、別の、理由。
ゼロスが探求していると、矢庭に、ある仮説が自分の中に生まれた。
あまりに突飛であったが為に自身でもその仮説を酷く疑った。

まさか、” フィリア ”のものだけ身体が拒否していると言うのか。
彼女の” 負 ”を自分が望んでいないとでも?

まさか。
まさか、ね。

ゼロスは馬鹿らしいと微笑み、フィリアの部屋を後にした。


**************


翌日。
昨日は結局、誰も情報を掴めなかった事やこの広い街を調べ切れなかったという事もあって、再び同じグループで情報収集に回る形となった。
体調が戻ったと言うフィリアも今日は散策に当たる。

 「もう体調は万全ですか、フィリアさん」
 「はい。あー、あの、そのー、ゼロス?」
 「どうしたんですか?やっぱりまだ熱があるとか…」
 「違います!き、昨日はその…ありがとう、ござい、ました」

最後は消え入りそうな声で伝えて、フィリアは猛ダッシュでその場を離れた。

 「ちょ、フィリアさん待って下さーい!」

ゼロスが慌てて声を掛ける。
必死に走るフィリアと追いかけるゼロス、二人は何ともし難い胸を抱えながら同じ事を考えていた。


まさか、あり得ない。
でもひょっとしたら、まさか ─ これは、この想いは。

























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