心臓を停止させる言葉があるのなら、恐らくはその言葉だった。

福路美穂子は薬指の装飾に口元を添えて目映く微笑んだ。
朝の出来事は、夜を迎えた今でも福路の中に内在して止まない。
何処にいても輪の中心になり、人気も絶えないあの竹井久が、自分を生涯の限定として向けてくれた言葉。 昔は、もう一度会えるだけで、話せるだけで、と思っていた遠い一方通行をこのような形で懐かしむことが出来るなんて。
夕食を終えて、シャワーも浴びて、後は就寝を残すだけの夜に、まだ夢心地のような幸福がある。

 「……、」

そして、幸福と呼ぶには些か甘美が過ぎる、体深の揺らぎも住みついていた。
特別を持った夜が意識を増幅させている。呼吸は熱に篭り、正しく切ない。
数年前なら身体の変調に困惑して、落ち着かないまま眠りについたのだろうが、無知で進むには、福路も少し大人になっていた。
これから就床の挨拶の為に竹井の部屋を訪ねるが ─── 妖しい体温の上昇に消え入りたくなる。



R-18



おやすみなさい、とだけ告げたら、早々に部屋を去ろう。
万感を超えるだけの幸を貰ったばかりの日に、こんな自分を見せるのはただただ恥ずかしかった。頬が赤らんでいるのは気温が高いせい、身体が火照っているのはシャワーの余韻─── そう思い込まなければ。
福路は意を決して竹井の部屋扉を叩いた。
「はいはーい。別にノックしなくても良いっていつも言って…………」 ノックを鳴らすこと二回、応答した竹井が言葉尻を削って、その穴埋めとばかりに酷くにっこりと笑った。
コンマ単位の洞察を見た福路は心持ち身を引いたが、竹井は手を取って後進を遮る。
この間に繰り広げられた対話は二拍。軽やかに咬み付くような正視が無言のままで語り、福路に教えた。
秘め事は、目が合った一瞬で暴かれてしまったらしい。
掴み続ける竹井の左手では二人揃いの指輪が光を上げたりと、全くどれをとっても福路の脈拍に悪い。

 「いま自分がどんな顔してるか分かる?」

投げられた竹井の口掛かりに福路は素早く後ろを向いた。
手は竹井が握ったままであるので、半身を翻す姿勢となる。
この挙動ではイエスと答えたようなもの。
だが正確に答えろと言われれば福路には無理難題だ。

 「お、おやすみなさい」
 「それで戻っても良いけど、どっちにしろ私が美穂子の部屋行くわよ?」

手の自由を覚えた刹那、福路の後ろから竹井の腕が回った。
下げられた響きの割に鈴音を帯びた竹井の声が福路に身を捩じらせる。
背に齎された容赦のない密着は、言い訳や羞恥を剥がそうとしているようだった。
今のように抱き合うのも初めてではない、数え切れないくらいの思い出だって抱えているが、福路の中心は危なく跳ねている。

 「何年も一緒にいるのに、こういう所は慣れないのね」

首だけを振り向かせた福路に、至近距離の竹井が言う。
その口元は緩やかな弧を描いていた。

 「照れるなら好きなだけ照れたら良いから、誤魔化すのは止めなさい」
 「……ですが、こんなの……どうしたら」
 「大丈夫。私も同じようなものだから」

硬直具合の福路に竹井の唇が向かう。

 「こんな日の夜に、私が何もしない訳がないでしょう。ついでに言えば、美穂子が滅多に見せてくれないその表情に応えられないような甲斐性なしでもないつもり」
 「そ……んなに顔に……」
 「嬉しいわよ? 私がそうさせたって考えたら、尚更」

数センチ下から見上げていた竹井の目奥が色を変えた。

 「……あ」

不意打ちで太腿へと落ちた竹井の指。
敏感な反応を示した福路の口腔に竹井の舌が入り込む。
僅かに驚きはしたものの、心身に抵抗などありはしない。歯列や上顎に送られる的確で柔らかな蹂躙は、数分を許すこともなく、福路に快い涙を湛えさせた。
福路は、この刺激に対していつまで経っても巧く応えられないが、与えられてばかりでは駄目だと思う心もあり、震える舌で懸命に動く。
合わせてくれようとする竹井の動きは優しさを増した。
絡まりは一つを錯覚させ、口端から滴りそうになる粘液を飲み込めば、喉では上擦った音が響いた。
膝の抜けそうな感覚に襲われた福路が竹井にしがみ付くと、二人の濡れた熱が増す。

 「………ひ…久」

解消された重なりと共に福路の視界は斜めに崩れた。

 「待っ」
 「準備は整ってると思うけど。お互いに」
 「まだ電気が点いて」
 「今日は消さない」
 「でもっ」
 「消さない」

ベットの上に倒され、仰向けの体勢で寝巻きのボタンが外される。
就寝間近にあったのでその下には何も身に着けてはいなかった。
乳房はみるみるうちに外気に、竹井に晒されることになり、 その先端が慎ましくも勃ち上がり始めているということも明らかとなった。
福路は固く目を瞑る。

 「美穂子、もう感じてるんだ?」
 「そんな…の…分かりませ…んっ」

福路のぷっくりとした白い胸に竹井が喰い込みをはかる。
痛みを持つ数歩手前の絶妙、持ち上げるようにしながら先を吸われ、掴まれ、福路はシーツに悩ましい皺を描いた。

 「分からない割にはよく濡れてるけど」

先端を捉えているものとは逆の手が、腹部を伝って秘所部へ伸びた。
ショートパンツの裾から差し込まれた竹井の指が溝に沿って上下する。

 「ぁ、っ」

どろり、と。
福路は自分の内部から出た液体に神経を撫ぜられる。
溢れ出たモノの多さがあまりに恥ずかしく、顔を覆ったが、その刻にも潤みは増した。
下着は濡れそぼって不快であるのに、知り尽くす竹井の強弱は福路の官能を引き上げる。

 「これ、前に私が好きだって言った下着でしょ」

膝を折り曲げられたかと思うと、素早く取り払われた下方の布。
偶然じゃないわよね? と訊かれた福路は縦とも横ともつかぬ形で首を振った。
竹井が言った内容は余す所もなく正解であったが、だからこそ、平然とは頷けない。

 「直ぐに自分の部屋に戻ろうとしてたくせに……」

矛盾をつきながら、露出した福路の秘部に竹井の舌が這う。

 「……!」
 「本当……可愛いんだから。こんなことされたら抑えられないわよ」
 「ひ、さっ、少し強っ」

陰唇を割り、福路の内側に竹井が入り込む。
蠢く舌は烈しく、竹井の愛撫としては型破りの性急だった。
福路は手の甲を口元に押し付け喘ぎを殺そうとするが、それも虚しい抑制となる。

 「美穂子。声、抑えないで」

竹井が、擦れた呼吸で、囁く。

 「聞きたい」

ゾクリとした背筋。福路の耳は過剰なまでに言葉を受け、出来ないと思ったが、それこそが出来ないことだと知る。
丹念に中を這われ、入口付近で出し入れされると、竹井のみに馴染む部位は歓迎に泣いた。我慢という選択は強制的に放棄され、否応なしに嬌声が漏れる。

 「はっ…つ、」
 「……ん。ここも…触って欲しそうね」

竹井の舌がツと移動して、薄い桜色の肉芽に狙いを定めた。

 「! ひ、さ、いまっ、駄目で ─── ぁ」

震えながら腫れていた芽を、竹井が舌先で包み転がし始める。

 「指…入れるから。力抜きなさいね」

恥丘を一撫でした指が、空いた福路の中に進入する。
狭く潤み切った場所はクチュと鳴いて二人の聴覚を犯した。
そして、奥へと掻き分けた指腹がある一点を摩した時、福路の身体がビクリと波立った。
内壁が微々たる隙間も惜しむように竹井を締め付ける。
享受した竹井は笑みを落とし、指を増やし進度を深めて二色の瞳に訊いた。
─── イきそう?
福路は竹井の後頭部を弱々しく掴みながら、小さく小さく肯定する。

 「もっ…… 顔、離しっ……て、下さい、久っ」

合わない焦点と、下腹部には今にも吹き出しそうな快楽があった。
このままの体勢で達しようものなら、思うがままに竹井を汚してしまうだろう。
離れて欲しい。出来ればその瞬間も見られたくないし、聞かれたくもない。
何度繰り返してきた情事でも、細部の恥じらいは手放せない福路だった。

 「いいから」

福路の懇願を通すこともなく、竹井は指を折り曲げた。

 「ぁ」

続いて、包皮を突破し裸となった肉芽を甘噛みする。

 「!! あ、あぁ……っ」

内々から全身に広がる電流、瞼の裏では白い世界が広がり、無意図に伸び切った福路の足先は宙を掴んだ。
堪え切れなくなった愛液の飛沫が竹井を濡らし、自らの太腿をも伝う。
その太腿に短いキスが送られると、ゆっくりと竹井の指が抜けた。

 「好きよ、美穂子」

竹井が自らの服を脱ぎつつ、「ごめんなさい」を口にしようとしていた福路を逸らすように言う。
竹井を相手取れば鼓膜さえも性感を有する福路の身体は、果てたばかりにも関わらず、再び小さな波に呑まれた。
福路は、封じられた謝罪の代わりに 「私も、です」 と発し、焦点の調節に尽力しながら竹井を映した。
すると、服を脱ぎ去った竹井の、均整の取れた姿態が目に入った。
ドキと胸が弾む。
竹井はよくこちらの容姿体型中身を褒めてくれるが、福路からすれば、竹井だって相当だと見えた。陽気や精悍を備える表情も、人を惹き付ける性格も、福路には何処を取っても自分が並べる要素を認識出来ない。 強いて言うなら麻雀だが、これから選ばれたプロの世界で戦う彼女は、更なる視野と実力を獲得していくのだから限界がある。
考えれば考える程、今の交わりも、左手の指輪も、やはり夢心地のような幸福で、これは本当に夢なのかも知れないと思った。

 「美穂子、よそ見?」
 「───! あ、んッ」
 「別のこと考えてたでしょ。あれくらいじゃ退屈だったかしら」

乳房を揉み上げつつ、竹井が言う。
よそ見どころか竹井のことしか思考していなかった福路は慌てて返した。

 「ち、違います」
 「そう?」
 「夢……みたいと思っていただけです。私は自覚こそありませんでしたが、中学生の頃から久のことが好きで……」
 「知ってる」
 「自覚した後も、素敵な人達に囲まれる久を見て、叶うことなんて無いと思ってましたから」
 「だから、夢みたい?」
 「そうです」
 「……美穂子は昔から私を買い被り過ぎね。でも、それくらい想ってくれるのなら、今日から新しく自覚して欲しい事があるんだけど」

シーツに落ちていた福路の左手を竹井が拾う。

 「実質、今日から美穂子は ”竹井美穂子” になったんだから、周りにどんな人間がいたとしても、私の一番が誰かってことは分かるわよね。それを自覚しておいて」
 「たけいみほこ……」
 「”上埜美穂子”の方が良かった?」
 「い、いえ、どちらという問題ではなくて……」

竹井は艶然と福路の指輪に唇を当てて言った。

 「良いわ。夢かも、なんて思えないくらい、今日は美穂子に私を感じてもらうとしましょうか」
 「あッ、…」
 「観念しなさい」

足を広げられ、福路が声を上げる。
吸い込まれるようなキスと、重ねられた陰唇同士は、豊潤に竹井という存在を注ぎ込んだ。
福路も竹井に抱き付き全てを委ねる。
溺れてしまいそうな幸せがここぞとばかりに攻め立ててくるが、全身と全心で感じ取れる竹井の熱は、確かに夢ではないようだった。



















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