今日も今日とて美穂子です



こんな時、私、竹井久はしみじみと痛烈に思うのだった。

 「風越が女子校で良かったわ…」





ね、美穂子ちょっとお人好し過ぎじゃないかしら?
何の変哲もない日曜日。美穂子と待ち合わせをしていた私の第一声だった。
挨拶は完全に忘れていた。
美穂子に対して少しでも不機嫌な様子を見せたのはこれが初めてで、荒い声質を向けてしまったのも、今回が初めてのことだ。

 「久…でも、私は道案内をしようと」
 「んー」

雑用品の買い出しをすると言っていた美穂子に私は手伝いを申し出ていた。
風越内でもそう言った部員は多くいたそうだが、美穂子は皆に練習を優先して欲しいと断ったそうだ。
私も同様に断られたが、暇はあったし、こんな時の美穂子を説得するのは慣れている。
「美穂子は私と一緒に居るの嫌?」 と、幾分低めに聞いてやれば良い。
そうすれば彼女の朱に染まった焦り顔が表れて、一気に私の侵入域が広がるのだ。
美穂子が否定しないという確信を何処かで持っている私は、我ながら意地悪で自信家だと思う。

 「あんなニヤニヤした男三人に囲まれてね…」

こうして、何とか今日を迎えたまでは良かったのだけど…
私が到着する前から事件は起きていた。
待ち合わせ場所が遠巻きに見え始めたのも束の間、ああまた美穂子の方が早く着いてるのねとか、たまにはコッチを待たせてくれても良いんだけど等を考えていた私の暢気な思考は程無くそこへ集束する。
大の男数人に囲まれ”道を聞かれている”らしい美穂子の元へ。
確かに男達は表通りに出る為の順路を尋ねているが、道なんて、そんなことは本心から聞いちゃいないということが一発で知れた。
身振りまで付けた丁寧な説明をしてくれている美穂子を見る男達は、顔付きも雰囲気も、何から何に至るまで邪で、舐め回すように這わせている視線は不快の一言だ。
単刀直入に言って、美穂子を狙っている。
それも下心満載。バレバレ。
気持ちは分からなくもないんだけどねえ…
これは頂けないわ。

 「普通に道に困ってる人は肩に手を回したりしないし、むやみやたらに路地裏に連れて行こうとしないと思うんだけど」

一人の男が壁際に美穂子を追い詰め始めた瞬間、私の足は自然と早歩きになっていた。
男達と美穂子の間に入り、「ごめんなさい。この子、私が先約なの」と、影ある笑みで睨みつけてやる。
男達に何か言う暇なんて与えてやらない。
突然の乱入者に困惑している隙を付いて、私は美穂子の手を引いた。
やや強引な形ではあったものの、その場からの脱出に成功、乱れ気味の呼吸を整えながら、つい 「ね、美穂子ちょっとお人好し過ぎじゃないかしら?」 という調子が飛び出した。

 「え?」
 「え?…って、まさか美穂子…」
 「私はよく道を聞かれたりするんですけど、それは別に珍しいことでも。 …あ、でも狭い道は行かないようにしているんですよ?危ないですから、自転車とか」
 「ん。美穂子のは危ないの意味が絶望的に違うわね。ちなみに、道を聞かれるのって男の人ばかりだったりしない?」
 「確かに男性が多いですね。久は?」 
 「ないわね。というか普通は頻繁になんかない筈なんだけど…まあ美穂子だからかしら。危険だわ」

美穂子…
大抵の女の子はその男達の目的を察することの出来る自己防衛機能を備えているものよ。
その機能が働いていないということは、毎回そんな無防備に対応してるって訳ね。
今まで何もなかったのが奇跡。
今日は私と待ち合わせていなかったら、どうするつもりだったんだろ…

 「どういう風に危険なんでしょうか?」
 「…とにかく色々」
 「??」

正直、無警戒で役満に振り込むより危険。
美穂子のクエスチョンマークに心の中でそう答えながら、私は唸った。
含みを持たせている私の言葉裏は残念ながら美穂子に届いていない。
彼女の中にある筈の ”洞察力” や ”勘の良さ” はこういう時に何をしているのか不思議だ。
麻雀の時以外には動く気がないのか、それとも、福路美穂子の根本的な優しさに負けてしまうのか。
…たぶん後者ね。
私はそんな美穂子に好感を持っているし、可愛いとも思うんだけど、それだけ心配にも通じている。
麻雀も強い、外見も良い、中身だって暖かくて…─── ああ、もう。

 「美穂子はもう少し自分の魅力を理解するべきね」

美穂子の頭を撫でれば、彼女の体温の上昇が伝わった。
しかし、重ね重ね残念なことに、小さく首を傾げている様子を見て、依然として言葉本来の意味も届いていないということも伝わった。
そしてほら、私の心配も知らないで、ニコッと笑って。

 「私なんかより、久の方がずっと魅力的です」

私の小さな溜め息。
もう一押し説明しようとも思ったけど、太陽のような朗らかさで言われてしまった以上は、反論なんかで水を差すのもとても勿体無いような気がした。
私は時々この美穂子の笑顔に負ける。
勝てる時もあるけど、今回は負けてしまった。
ということは、この心配も届かなくて。
こんな時、私はしみじみと痛烈に思うのだった。

 「風越が女子校で良かったわ…」
 「久?」
 「ただの独り言。気にしないで」 

だけど、私はやっぱりそんな優しい美穂子のことが───
好き。



小ネタ No,02

      














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